『野獣の薔薇園』

野獣の薔薇園 (ファンタスティック・ラブ・シリーズ)
Donna Jo Napoli 久慈 美貴
4902584131


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読了。

アメリカ人作家の描く『美女と野獣』の野獣視点版ファンタジー。



16世紀のペルシャ。青年オラスミンは心優しく気高い王子だが、国王や民の期待通りに雄々しくふるまえない自分を恥じてもいた。かれは犠牲祭のためにせずともよい断食をしてそなえていたが、犠牲にされるラクダに汚れを発見したことを見逃してしまった。汚れたラクダはそれとは知られずに犠牲に付された。その晩、オラスミンは恨んだラクダから、父である国王の手にかかって死ぬだろうという予言をされた。オラスミンは自室にこもってけして姿をあらわさぬようにと父親に言い含められるが、ラクダの怨念を利用する精霊に呪いをかけられ、かれを心から愛する女性が現れない限りけして解けないと言い残された。翌朝、めざめたオラスミンは自分がライオンになっていることを知る。




ふうーっと、読み終えて息をつきました。
面白かったという言葉では言い表せない、ドキドキした感覚の残る後味でした。

もともと「美女と野獣」という作品をきちんと味わったことのなかった私ですが、大筋はだいたい知っていたつもりです。
中山星香のマンガにもありましたしね、『グリフォン・ガーデン』というのが。あれはまったくファンタジーではなかったけれど。

だから、舞台が西洋風の庭園を持つ美しい館だという先入観がありまして、読みはじめたとたんにそれが吹き飛んだので驚きました。

え? なんでペルシャ? なんでスーフィー? なんでラクダ?

出てくる固有名詞にも事物にもたいへんに馴染みがあるのに、なにゆえこれが「美女と野獣」になるのか。ぽかーんとしたまま読み進めましたが、これがたいそう面白い。

わー、なるほどなるほど、そうかそうだったのね!

と、ここで作者覚え書きによると、広く知られているボーモン夫人版から着想を得た、チャーズ・ラムによる王子視点の詩が、この物語の元になっている模様です。そこでライオンに変えられたのがペルシャの王子オラスミンであると書かれているそうな。

そんなこととはつゆ知らず、私は王子オラスミンの話にのめり込みました。
否応なしにライオンとしての本能に目覚めてしまい、人間から遠ざかったしまう苦悩、孤独、その末の彷徨。

救いを求めてついにフランスまでたどり着いてからも、かれには苦難ばかりが襲いかかります。

というわけで、ベル視点で語られる従来の『美女と野獣』に重なる部分は後半も半ばを過ぎてからです。
けれど、それまでのオラスミンの道のりがベルとの出会いをより切実なものとして受けとめるための下準備を果たしていることはいうまでもありません。

大作ではないし、傑作ともいいがたいけれど、ペルシャの華麗な文化と薔薇の香り、それとは対照的な野性のライオンの暮らしが印象的な、佳品ともいうべき作品であると感じました。

好きだなー、こういう話。
欲を言うならもうすこし華麗な文章で読みたかったかも。

ドナ・ジョー・ナポリはよく知られた民話や伝説を語り直した作品を著している作家のようです。

ほかにも翻訳が出ているようなので、機会があったら借りてみたいと思いました。

わたしの美しい娘―ラプンツェル
金原 瑞人 桑原 洋子
459110494X


逃れの森の魔女
Donna Jo Napoli
4899980035


最後に素朴な疑問。
ペルシャというのは現代でいうならイランという国にあたるのですが、ペルシャがイランと呼ばれるようになったのはいったいいつ頃の話だったんだろうか。
なんとなく、イスラム以前がペルシャでその後(七世紀半ばぐらいから?)はイランなのかと思っていたんだけど、サファヴィー朝は十六世紀だよと。むー。

Comment

No title

呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃジャーン
って感じで釣られてきましたーf(^o^;

ペルシアっていうのは、イランの一地方の地名(今のファールス地方)から来たものだっていうのは知ってましたが、イランは?
「イスラム事典」によれば
インド・ヨーロッパ語族イラン語派に属する人または地域
なのだそうです。
ペルシアの方が別称扱いになっていますね。
ただ、彼ら自身がどっちを名乗っていたのかは書かれていませんでした。
もともと自称は「イラン」だったのかもしれませんね。
でもトルコ系が入ってくると、その人たちはイラン人とは言わないでしょうから、国としては地名由来のペルシアの方が都合よかったのかも。
これは推測です。

国、民族、言語が複雑に絡まり合っているので、難しいですね。

きんとさん、こんにちは!

>「イスラム事典」

そういえば私も持ってましたよ、なんで調べることを思いつかなかったんでしょう。不精者でスミマセン。

ファールス地方の方は私も知ってました。ファールスが勢力を持っていた時とそうでない時とで呼び名が違ったのかなー。トルコの前にモンゴルも入ってきてますよね。でもあの国はイル・ハーン国で、どこにもペルシャだのイランだののはいる余地はないし。

そもそも民族の移動が激しいところだから、為政者がそうと名づけるだけで、もしかすると当人たちは意外と適当だったのかも……(汗。ヨーロッパが民族主義を持ち込むまでは、ですけどね。

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