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『カラシニコフ』

カラシニコフ
松本 仁一
4022579293


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読了。

旧ソ連軍の設計技師カラシニコフが一九四七年に開発した自動小銃AK(アフタマート・カラシニコフ)47。故障が少なく手入れが簡単なために、未熟な兵士でも取り扱いが容易なこの兵器は、現在も全世界の紛争地帯で使用されている。カラシニコフにまつわる悲惨な現実を堅実な取材を元に描く、ノンフィクション。

Azuriteさんのおぼえがきをみて本になっていたことに気づき、借りてみました。
朝日新聞に連載されていた「カラシニコフ」という記事に出版当時の現状を書き加えたものだそうです。

読んでいるうちにどんどん暗い気持ちになっていきました。
本当の無法な地域というものは実際はどういうものなのか。いまの日本に暮らしている私には想像も付かない厳しさです。

日本ではあまり報道されないアフリカ諸国の現状は、もしかするとこれまで人類が経験してきた中でも最悪の無法状態かも知れないと思いました。

その原因の一端にカラシニコフがあるのです。

兵士になるためには必要だった熟練の技が、カラシニコフの前には無意味になります。子供でも一週間程度で扱えるようになる、ということは子供でも兵士になれるということを意味します。

武装勢力に拉致されてカラシニコフを持たされた子どもたちの末路は悲惨というほかありません。武装勢力に留まり暴力の限りを尽くしていくにしろ、そこから脱出することに成功するにしろ、深い傷を心に負って生きていくことに変わりはない。

さらにかれらは被害者であると同時に加害者でもある。子供兵士の過激な暴力によって障害者になった人びとの暮らしもまた、悲劇に満ちています。

読んでいて楽しい本ではありません。
私も、新聞連載時に読むのが辛くて途中で脱落してしまったものです。
でも、この本に書かれていることは現実。目をそらして逃げてはいけない現実なのだと思います。

なぜこんなことが起きてしまったのか。
その理由を目の当たりにすると二の句が継げなくなります。

人間はどこまで利己的に自己中心的になれるのかと、空恐ろしい気持ちになりました。

以下、目次を挙げておきます。


はじめに

第1章 一一歳の少女兵
 「私は三人殺しました」
 腹が空くと村を襲った
 ダイヤをめぐる私欲の内戦
 手入れしなくても使える銃
 襲撃前に「マリフアナ茶」
 「ぼくは二度拉致された」
 「赤い肉」みんなが食べた
 国を壊した「手首切り」
 製造刻印のないAKが流入
 「人を殺せる層」が拡大
 少女兵の多くは売春婦に
 ダイヤの露天掘り、日当三〇円
 復学、妊娠、また休学……

第2章 設計者は語る
 「母国を守るためだった」
 「弓矢」と「刀」を合わせた武器
 泳ぎもスケートもだめ
 一四歳でピストル修理
 「スカスカ設計」の新発想
 「変形弾」も苦にせず
 米兵がAKを使った
 超有名人、ウオツカの銘柄にも
 「日本はAKを買ってほしい」
 冷戦の通貨、エビ代金に
 銃の密輸、裏に必ず国家あり
 自衛隊の小銃は三五万円
 月給四〇〇ドル、アパート住まい

第3章 護衛つきの町
 最低七人、銃を放さず
 ホテルの門に機関銃
 東西の綱引きで武器流入
 五〇ドルで中古、八〇ドルで新品
 米軍ヘリ撃墜で大騒ぎ
 機関銃つきのトラック
 妻は「仕事やめて」
 銃回収、AKは一丁だけ
 兄の機関銃を持ち出す
 「誰が安全を保証する?」
 カナダ市民権を捨てて帰国
 襲われたスクールバス
 ちらつく「アルカイダ」の影

第4章 失敗した国々
 フォーサイスも絶賛のAK
 『戦争の犬たち』は実話?
 再び狙われた赤道ギニア
 白昼強盗に見物人多数
 「この国は病んでいる」
 「植民地のほうがましだった」
 NGOにたかる役人
 「兵士と教師の給料」がカギ
 終わった「紳士の時代」

第5章 襲われた農場
 「隣家まで二キロ」の恐怖
 数日かけて現場を下見か
 まず発砲、素人の手口
 狙われる民間保有の銃
 事件の七三パーセントで銃を使用
 被害後、一割は農業を捨てる
 カメラでAK強盗逮捕
 都心の犯罪は激減したが
 殺人は日本の一六倍
 解放一〇年、はびこる汚職
 ソウェト住民、犯罪と取り組む
 政府は治安に無関心

第6章 銃を抑え込む
 徹底した「毎日返納」
 部族長老が和平を率先
 路上でのんびり札勘定
 司法大臣は中古車通勤
 三児の母が司法研修生
 評判をとった女性公証人
 女性の清潔さが必要
 先生一六人に給料は三人分
 「君ならどっちを選ぶ?」
 「国際空港」はヤギだらけ
 銃などで壊れない国家を

あとがき



カラシニコフは祖国を救いたいという想いでAK47をつくったといいます。
けれど設計者の気持ちとは関係なく、技術はひろまっていきます。目的が何であろうと人は便利な物を手放すことはできないのですね。そしてそれは今や悪魔の兵器として世界中を席巻しています。

絶望的な状況に、読み手である私も暗澹としてしまいましたが、終章にあらわされたソマリランドの取り組みに小さいけれど強い希望を感じました。住民たちがみんなでその気になれば、銃を抑えこむこともできるんだと。

本の刊行から五年後の今、ソマリランドがどのようになっているのかはわかりませんが、着実に前進していてくれればいいなと願ってやみません。

余談。
内容にはあまり関係がないのですが、アメリカ人が銃を手放せない原因はこのあたりにあるのかなあとぼんやり考えました。無法状態に対して武器で身を守ってきた過去に意識がとどまっているのかなあと。アメリカはいまはきちんとした法治国家で警察力も軍事力も教育力も備えているはずなのに。無意識に感じていることはなかなか変えられないものなのかも知れません。

ところで、私が読んだのはハードカバーですが、先日二巻と同時に文庫化された模様です。

カラシニコフ I (朝日文庫)
4022615745


カラシニコフ II (朝日文庫)
4022615753

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