『シナン 下』

シナン 下 (2) (中公文庫 ゆ 4-6)
夢枕 獏
4122049350



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借りて読了。


一六世紀、中央集権化する西欧諸国と対峙する絶頂期のオスマントルコ帝国のスレイマン大帝のもとにあって、首席建築家として四百七十七もの建造物を手がけたシナンの生涯をかれの生きた時代と共にえがく、歴史小説の下巻。

まさに「スレイマン大帝とその時代に生きた建築家シナンの物語」という趣の小説でした。

シナンは時代の流れを全身に受けつづけるという幸運を得て、おのれの欲するまったき理想を追求しつづけることができた果報者だなーと思いました。

かれの幸運の大きなひとつはスレイマン大帝の時代に生まれて、その恩恵を十分に受けられる立場に居合わせたこと。
スレイマン大帝なくばシナンの存在もなく、だからこそ、この物語のほとんどはスレイマン大帝の治世における様々な出来事に費やされていきます。そしてその出来事はシナンにも大きな影響を与えて、かれはスレイマンと共に時代を生き、建築家としてスレイマンの偉大さを表現する存在にもなったのだと思います。

スレイマン大帝もまた、そのことに自覚的だったことが、ここには描かれています。
スレイマンの成した数々の偉業は光り輝いていましたが、為政者としての孤独と闇はそれだけ深かったのだということが心にしみいりました。
スレイマン大帝は自分の生きた証を求めていたのでしょうか。

シナンは五十を超えてから頭角を現し、あっというまに首席建築家の地位を得ますが、それまでのシナンの歳月はスレイマンの治世の空気をたっぷりとすいこんで、時代の技術を身につけるために費やされていたのかなーと思いました。

シナンは地中海文明に遅れて参加したトルコ人の、ようやく咲かせた花であり、最大に実った果実だったのだなーとしみじみするお話だった。

途中、あまりにもシナンが傍観者のまま話の中心にからんでこないので、いったいどういう話なんだと思ったりもしましたが、なるほど、シナンは時代そのものを表現するものとして最後に現れる人物なんですねー。

たとえていうなら、シナンは話の額縁。
ヨーロッパ列強とのせめぎ合いを圧倒的な力で押し返していたスレイマン大帝のオスマントルコの隆盛時を描いた一幅の絵を、その最高峰の技術と美的感覚によってふちどるための、まとめ役だったのかなーと思いました。

建築家シナンの波瀾万丈の生涯を期待すると当てが外れますが、それなりに読み応えのある小説だったという印象も残りました。

とここで私信。
残念ながらキリスト教徒の地下都市の構造に関する話はまったく出てきませんでした。
そのかわり、シナンが計画都市設計の先駆者であったことが書かれてました。
ジャーミーを中心にして、ハンマームや神学校、孤児院、隊商宿、病院、などなどで構成され、ワクフによって運営される、キュリィエと呼ばれる複合施設はシナンが発案者で、今もトルコには生き残っている物があるとか。

面白いなあ、と思いました。

シナン〈上〉 (中公文庫)
4122049342

Comment

ありがとうございます

ご報告、ありがとうございました!
ゆめのさんの感想文を読んで、自分までその本を読んだ気になっています。
結構それで満足できてしまいます(汗)

キリスト教徒の地下都市は緻密な土木工学に基づいて設計されているそうなので
その辺りの知識はあったのかなあ、という気もしますが、どちらにしても伝説の域を出ませんね~。

ワクフの制度はイスラーム世界では伝統的なものですが、付帯施設をくっつけちゃったところに
特徴がありますね>トルコの場合。

建築物が好きなので、イスラーム建築の公開講座がすごく面白かったです。
今でもやってますね↓
https://www.ou.tmu.ac.jp/web/course/detail/0932J003/
必要だから、そういうデザインになり、それが洗練されて芸術になる
というお話がよかったです。

それほど遅れずにご報告ができてよかったです。
でもあまりお役には立てませんでしたね。
やはり小説に情報を求めるのは無理ということでしょうか。
そういえば、ミステリですが『イスタンブールの群像』という本にはけっこう書き込みがありましたね。作者さんが専門の学者さんだそうで。お話的にはいまいちだったのですが、イスタンブールの空気感が伝わってくるような気がしました。行ったことがないのであくまでも「気がした」だけですが(汗。

> その辺りの知識はあったのかなあ、という気もしますが、どちらにしても伝説の域を出ませんね~。

シナンはジャーミーを立て始める前に工兵として従軍して、そうとう各地を見てまわっているようなので、たぶんいろんな知識があったんじゃないかと思います。
ただ、かれの立てたジャーミーの図面は一枚も残ってないそうで。
何故なんでしょうね、謎です。

ワクフみたいな存在、日本にもあればいいのになーとか思いますね。
でも日本には喜捨の精神が根づいてないので無理かな。

> 建築物が好きなので、イスラーム建築の公開講座がすごく面白かったです。

これ、すごく面白そうです。行ってみたいかもー。
でも東京なんだ。うっ、遠いぜ。

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