『梁塵秘抄』

梁塵秘抄 (ちくま学芸文庫)
西郷 信綱
4480088814


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読了。


平安朝末期に後白河院によって編まれた今様集『梁塵秘抄』を、日本古代文学の碩学が言葉を中心に読み解いていく。
1976年『日本詩人選 22』として刊行されたものの文庫化。

『古代人と死』の著者による『梁塵秘抄』の歌解釈です。

『梁塵秘抄』は全二十巻であったものが忘れ去られて、近代になってごく一部が発見されるまではほとんど伝説と化していたものであるらしいです。

例によって読み手の古文読解能力が非常に低レベルなため、よく解った、目から鱗が落ちたというところまでたどり着いてない感がありありとした読後感でしたが、興味深い本であったなーとは思います。

なにが興味深いかというと、読み手の境遇を推理してその精神世界をのぞき見るあたりでしょうか。

今様は、現代で言うならば流行歌。
貴族のたしなむ和歌や雅楽とは違う言葉優先のうたであり、その担い手は非人階級であった遊女(あそび)や博徒、鵜飼などの、階級を持たないからこそ底辺にも上流にも通じることのできたひとびとで、その生は時代の色を濃くうつし、であるからこそかれらの生みだした今様もまた、というわけです。

その今様に入れ込んで歌い耽っていたという後白河院って、なんだかスゴイ御方のようです。平安末期を取り扱った本には必ずといっていいほど登場なさる、超重要人物なのですが、たいていは脇役や黒幕扱いなのでこれまで私はあんまり意識してこなかったのですよね。

でも、最近はすごく気になる御方です。

荻原規子の『風神秘抄』もこの本を読んでから読むとまた印象が変わるかもなーと思いました。

以下に目次を記しておきます。


 第一部 梁塵秘抄の歌
  一 我を頼めて来ぬ男
  二 遊びをせんとや生まれけむ
  三 遊女(あそび)の好むもの
  四 楠葉(くすは)の御牧の土器作り
  五 我が子は十余になりぬらん
  六 我が子は二十になりぬらん
  七 舞へ舞へ蝸牛(かたつぶり)
  八 いざれ独楽(こまつぶり)
  九 茨小木(うばらこぎ)の下にこそ
  十 頭(かうべ)に遊ぶは頭虱(かしらじらみ)
 十一 鵜飼はいとをしや
 十二 択食魚(つはりな)に牡蠣もがな
 十三 吹く風に消息をだに
 十四 熊野へ参らむと思へども
 十五 仏は常にいませども
 一六 拾遺梁塵秘抄歌

 第二部 梁塵秘抄覚え書
  一 梁塵秘抄における言葉と音楽
  二 遊女、傀儡子、後白河院

 付 和泉式部と敬愛の祭
   神楽の夜――「早歌」について――

 あとがき

 梁塵秘抄歌首句索引

 解説 『梁塵秘抄』の発想と言葉 鈴木日出男




その他に目をひいたのは、今様は言葉をうたうものだったということ。
古代において歌われてきたうたはやはり言葉主役だったのですが、平安時代には和歌は書かれるものとなり、さらに中国からはいってきた雅楽の影響を受けて楽は曲優先のものへと変化していったという考えです。

ここを読んでいて思い出したのは、先日ネットで見た現代ヨーロッパの吟遊詩人の動画。

とうとうと語り続けた後で竪琴は添え物のように演奏されていただけだった。

吟遊詩人というと歌っているイメージがあったのでちょっと肩すかしを食らった気分だったのですが、あれは言葉を、ものがたりをとどける語り部本来の姿だったのかなあと思いいたった次第です。

……どうやら妄想を生み出すためにはかなり有益な本であったもようです(苦笑。

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