『運命の騎士』

運命の騎士 (岩波少年文庫)
Rosemary Sutcliff
4001145944



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読了。

十一世紀末のイギリスを舞台に、騎士のもとに送られた犬飼の少年の成長を堅実な文章で情感豊かに描く歴史小説。


サクソン人の母とブリトン人の父の間に生まれたランダルは、物心つく頃には両親を失いアランデル城の犬飼の下で暴力を受けながら暮らしていた。ある日、ランダルは帰還した城主ド・ベレームの馬にイチジクを落としてしまう失敗を犯す。ランダルは鞭打ちの刑に処せられるところだったが、城主の楽人エルルアンがランダルの身柄を賭けてチェスの勝負を挑んだ。果たしてエルルアンは勝利し、ランダルは楽人のもとで働くことになった。生まれて初めての平穏な日々がしばらくつづいた。ところが、ランダルが城主と何者かの密談を盗み聞いた翌日、楽人はランダルを老騎士エベラードのもとに送ると言い出した。




犬飼のもとで暴力にさらされ暮らしていた少年が、居場所と友人を得て成長し、そこを故郷とも思い愛するようになるさまと、時代の波に翻弄されるひとびとを淡々と、けれど丁寧に描いた作品。

一文一文を噛みしめるように読みました。
サトクリフの文章はどれも臨場感が素晴らしいのですが、この作品はほんとうに情景描写がすぐれていて、十一世紀イングランド南部の自然とひとびとの暮らしが、匂いや温度、湿度までをともなって触れられるように思えるほどに鮮やかでした。

少年ランダルの感受性がひろいあげるそれらの光景と、ランダル自身の心情がからみあい、補いあい、より広く深みのある情感を醸し出していて、読みながら泣きたくなるような気持ちになることしばしば。

日本人は四季の風情に心を読み込んできましたが、それと通ずる物がここにはあると思います。

物語は「ローマン・ブリテン四部作」に比べれば地味で起伏も少ないかも知れませんが、少年の孤独が友情によって癒されていく過程、周囲のひとびととの関係、人間として自立していく過程を、とても丁寧にでも余剰は微塵もなく距離を置いて描き、なおかつしみじみとした余韻が場面ごとに残る描写が深く印象に残ります。

何よりも、孤独な少年に歓びを教えあたえてくれる、ディーンの荘園の存在感がとっても素晴らしい。

ランダルに歓びを教えてくれた、幸福の象徴であるとともに、守らなければならない故郷となったディーン。

友とともに濃密な少年時代を過ごした思い出深いディーン。

世紀末の不安やノルマン人王家の内乱を背景に少年の友情と成長とを描く作者の筆は、つねに故郷への思いに満ちあふれていて、なのにどこか寂しげです。

それはディーンがランダルにとっていつかは失われるかも知れない、夢の楽園でもあったから、なのかなーと読み終えて思いました。

物語は苛酷な経過を経て結末へと向かいますが、それは何かを得るためには何かを失う覚悟と勇気が必要なのだという、メッセージなのかも知れません。

ハードカバーで読んだものの再読でしたが、こんなに深みのあるお話だったかと目から鱗が落ちまくりでした。ダメだなあ。何を読んでいたんだ、昔の自分。

どの文章も読み飛ばせずにじっくりと進んでいたらずいぶん終えるのに時間がかかってしまいましたが、そうする価値のある本だったと断言いたします。

ランダルとべービスの友情はもちろんですが、べービスの祖父・騎士エベラードやその友人の爺様たち、忠実な犬たち、べービスの養母アンクレットなどなど、脇役たちの存在感も見逃せません。敵役のド・クーシーですら生き生きしています。

中世の騎士物語にリアリティーを感じたい方にはぜひ読んでいただきたい作品です。

そういえば、この時代に王位争いをしている兄弟って、『ヴィンランド・サガ』のクヌートの子孫なんですよね……。

ノルマンの商人(たぶんヴァイキング?)が運んできたダマスクの鍛冶師の剣とかに時代の風を感じたりもできて、ディテールを読み込むのも楽しかったです。

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