『虐殺器官』

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃
4150309841


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読了。


骨太でハードな物語世界を繊細な筆致と深い思索で描く、近未来SF軍事サスペンス。


9.11以降、テロとの戦いのために個人情報を管理し尽くした近未来。神経質なまでの先進国の対策とは裏腹に後進国の治安は不安定なまま、世界各地で内戦や凄惨な大規模虐殺が多発するようになっていた。米国情報軍で要人暗殺を専門とする特殊検索軍i分遣隊に所属するクラヴィス・シェパード大尉は、ヨーロッパとロシアの境界で殺害する予定だったふたりのうちのひとりを取り逃してしまう。逃げた容疑者はアメリカ人ジョン・ポール。大規模虐殺に関与していた可能性があった男は、理由不明な大規模虐殺の陰で暗躍しつづけた。謎の男の拘束するために、シェパードは男の足跡が消えたというチェコへと向かう。




圧倒的、でした。

核が使用され、ヒロシマ、ナガサキが象徴ではなくなってしまった近未来。
情報管理社会の閉塞感と引き替えに得た安全と、対極に位置する混沌のなかでの大量虐殺。
高度なテクノロジーによる生と死の狭間の曖昧化。
生と死はどこでどのように区別されるのか。
他人に死をもたらす人間の罪は、なにをもって正当化されるのか。
軍人の任務と、親族の死を決定することにちがいはあるのか。

生の価値がかぎりなく低い土地で、高価な部品として働きつづけるアメリカ軍人たちへの好待遇。
それでもなお、壊れていってしまうかれらのこころ。

陰鬱な雰囲気の中で展開される、近未来戦のディテール豊かで臨場感たっぷりな描写と、シェパード大尉のプライベート的回想を交えながらのひどく傷つきやすい繊細な心理描写、目の前の状況にめぐらされる深い思索、考察と、ものすごい密度の世界を圧力として感じつづけながら読みました。

これは生と死についての話です。
生と死について考える話。
他人の生と死をどう受けとめるかの話。
親しい人間の死とそうでない人間の死についての話。
それを語る言葉についての話。

わたしは物語をつづる文章が語る深い思索、静かで熱い感情に圧倒されつづけ、読み終えてしばらく放心してました。

体裁としてはミステリであり、軍事サスペンスであり、SFであり、そのすべてで素晴らしい完成度をもっていますが、娯楽小説として割り切ることのできないものをたくさん抱えている作品だと思います。

文章の雰囲気だけだとわたしが思い浮かべたのはなぜかポール・オースターでした。個人的な印象ですが。

作者さんは闘病生活の間にこの作品を書きあげ、二年ほどの作家生活ののちに鬼籍に入られています。
書かれた状況を想像することは困難ですが、ここには作家さんの命が血が濃密に激しく刻みこまれているようだと感じました。生きた証だなと。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

ところで、シリアスダークで陰鬱な雰囲気の世界で異彩を放つのが、軍事用に展開される先端テクノロジーでした。降下部隊を運ぶフライングシーウィード(空とぶ海苔)とか、隊員たちが乗り込んで降下するさや(ポッド)に自然筋肉による脚が着いていたり。

ただ読んでいる分にはふーん、ですむのですが、頭の中に影像を描くとものすごくヘンなんですよね。ポッドが着地する時に脚が踏ん張ってる図とかね。つらなる言葉がおおむねスタイリッシュなので、脚とのギャップが……。これって笑っていい所なんでしょうかと不安になってしまいました。

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