『神の棘』全二巻

神の棘 1 (ハヤカワ・ミステリワールド)
須賀 しのぶ
4152090545


[amazon]

いただいて読了。

ナチスドイツによる粛清の嵐と戦乱の中、SSと修道僧と立場の別れたふたりの青年の葛藤と波乱の道のりを、信仰の問題を中心に、スパイ陰謀もの、軍事戦場もの、裏切りと信頼の狭間で展開する人間ドラマとして描く、濃厚なミステリ。全二巻。



第一次世界大戦後、敗戦国ドイツは世界的な不況の中、戦勝国への多大な賠償金を背負わされて未曾有の貧困にあえいでいた。そんななか、ヒトラー率いるNSDAP、通称ナチが民衆の支持を得て台頭し、ドイツの純化・反カトリックを掲げてドイツ社会は激変してゆくことになる。法律家を目指していた若者アルベルトは、生活のためにナチス親衛隊保安部に入った。結婚を控えたある日、アルベルトは上官ハイドリヒから、カトリック教会の大物ベールゼンを陥れるために、ひとりの修道司祭の死の調査を装い、ひとりの修道士に接近するよう命令を受けた。修道士はアルベルトの幼なじみマティアス・シェルノー。そして死んだ修道僧はアルベルトの兄テオドールだった。




うはー、すごかった。圧倒的でした。

I巻の裏切りに継ぐ裏切りのスパイ冒険小説的な展開も、II巻の殺戮に継ぐ殺戮の戦場ものの悲惨さとスピード感も、どちらもハードで、人間ドラマとしての重量感もあり、冷静な筆致で描かれるヒステリックな世情がえらく身に応える臨場感を醸し出していて、青息吐息で読みました。

ナチスドイツの行為の残虐性はよく語られるところですが、それが民衆の支持を得て実現したというところは、あまり理解の出来ていない部分ではないかと思います。

この作品では、なぜドイツ人がナチを選択してしまったのかをきちんと描いていて、他人事ではないなと思わせられました。

先の見えない貧困は人間の理性を吹き飛ばしてしまうこと、寛容性を奪うこと、無力感は刹那的なしあわせを求めさせ、強力なリーダーシップを待望させ、他者依頼性を高めること。

そうして出現してしまった大きな暴力的な流れに、人びとはもう抵抗する気力を持ちえないのだということ。

運悪くドイツ人が選んでしまったヒトラーの歪みが、外部の想像を遥かに超えた地獄を現実化していく過程が、とてもとてもおそろしかったです。

とくにユダヤ人の迫害には、心臓が痛くなりました。
外国に侵攻した先でもやってたとは……知らなかったです。

あまりにも規格外の現象にとまどっているうちに、つぎつぎに後手後手に回ってしまったヴァチカンを頂点とするカトリックが、信徒を人質に取られた状況で反ナチの可能性をさぐりつづける姿も、その及び腰の与える失望とそれでも最期には神を求めるひとびとの姿とともに強烈に焼きつきました。

ふたりの主人公、ナチの悪の象徴とされるSSの将校アルベルトと、反ナチのレジスタンスに荷担する修道僧マティアスは、社会的な立場だけではなく信仰的にも完全に違う立場にあり、かれらがなんども出会い、すれ違っていく場に生み出されていく、感情的な思索的な葛藤と狂おしいようなドラマには、熱く滾るような血潮を感じました。

渾身の力作です。

ラストで明らかになるミステリ的な仕掛けは必要ないのではと思ってしまうほどに、濃密な読書体験になりました。

や、なんというかミステリの仕掛けの分、物語の重みが軽くなったような気がしたのですね。

でも、話のまとめとしてはうつくしいやり方と思いましたし、旅立ちを前にしてのかれの孤高の姿には、じんわりと熱いものがこみあげてきてしまいました。

読み終えて、日本人が敗戦国ドイツを書くことには、意味があると思いました。
本来は、敗戦国日本を客観視するべきなのでしょうが、いまだにそれは難しいようなので。

そしてつよく思いました。
人は、自分で考えることを諦めてはだめだ。自分の行為には責任をとらねばならないと。

ナチスドイツについては高校世界史どまりのわたしにもちゃんと理解できるように書かれていてたいそう勉強になりました。第二次大戦後に重い罪を背負ったドイツがたどってきた苦難の道のりがようやくわかって、なるほどと思いました。

それにくらべてわが日本は。
これって宗教に無自覚な国民性もあるのかしら……

なにかフェアのためにカバーが写真に変わるそうなので、これまでカバー絵で敬遠されていた方はぜひ手にして欲しいなと思います。

読んでよかったです。

ただひとつ、残念だったのは誤植が満載だったこと。
誤字はまだいいのですが、人物名の入れかわりには混乱してしまった。

時間がなくていろいろたいへんだったそうですが、作者さんがしたチェックをスルーして刊行するのはやめて欲しいものだと思いました。


神の棘 2 (ハヤカワ・ミステリワールド)
須賀 しのぶ
4152091517

Comment

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)