『クシエルの矢 1 八天使の王国』

クシエルの矢〈1〉八天使の王国 (ハヤカワ文庫FT)
ジャクリーン ケアリー Jacqueline Carey
4150204985


[Amazon]

読了。

中世西洋風異世界歴史陰謀ファンタジー、開幕編。


神の子の息子と八天使を祖に持つテールダンジュ。大陸でも有数の文化と経済力を持ち、豊かさを誇るテールダンジュで、神娼の娘として生まれ落ちたフェードルは、駆け落ちの果てに困窮した母親に娼館に売られ、しかし片眼に不吉な染みがあるために価値のない居候として育った。あるとき、その染みが天使クシエルの矢を受けた証であり、希少な性的嗜好を生まれ持つものと見抜いた謎めいた貴族デローネイはフェードルをひきとり、フェードルは政敵の多いかれの元で神娼でありつつ隠密として働くための教育を施されることになる。




面白かったー!

はじめ、愛の営みが聖なる捧げものであるというテールダンジュの設定にぶっとびますが、読んでいるとそれが物語に必要不可欠な要素であり、文章が明晰なためか奇矯な性的嗜好が描かれていてもべつだんエロスを感じることもなく(苦笑)、さまざまな人物の政治的な、あるいは感情的な駆け引きが謎から謎を呼び起こす、スリリングな展開にページを繰る手が止まらなくなりました。

固有名詞は変えてありますが、付属の地図を見るまでもなく物語世界がなにをモデルにしているかは一目瞭然。

ローマ帝国崩壊後のイタリアぽいチェルディッカ連合国、ケルト文化圏のアルバとエーラの島国たち、北欧ヴァイキングの末裔めいたスカルディア、古代オリエントと中東のアラブやトルコやなにやらがごったになったようなケムル-イル-アッカド、放浪の民ジプシー(ツィゴイナー)のようなツィンガン族。

地理や文化・風俗だけではなく、ローランの歌のような伝説すら混ぜ込んで、まるで西洋中世世界のパラレルワールドといっても過言ではないような趣を感じます。

そしてその建国神話があきらかにキリスト教を下敷きにしているテールダンジュ。
この国の設定、とくに主エルーアに従う八天使の設定がこの物語の肝。
エルーアがキリストの息子なのにもびっくりしたけど、そのエルーアをたすけるために春を売り歩く天使って……なんて設定なんだ!

ヒロイン、フェードルが生まれたのは、その天使ナーマーを讃えるためにナーマーとおなじ行為を奉納する世界でした。

この神娼という身分のひとびとの世界がものすごく面白かった。
この複雑さ、絢爛豪華さは、中世というよりもっと下った時代の娼婦みたい。わたしはその時代の西洋の娼婦はよく知らないので、江戸時代の遊郭吉原っぽい感じがしました。

で、ずっとこの世界の話がつづくのかとおもっていたら、貴族デローネイに身請けされたあとの話はもっと波瀾万丈でどきどきの連続なのです。

本名を秘したデローネイはフェードルを密偵として育てます。
その理由は知らないほうがいいとなかなか教えてもらえないまま、フェードルは彼女よりすこしはやくデローネイにひきとられていた少年、アルクィンとともにデローネイのために尽くそうと決意します。

そしてクシエルの矢を受けたアングィセット――真性のマゾヒストとして目覚めていくフェードル。彼女がさまざまな人と出会い、駆け引きをし、命からがらの目にあいながらも任務を遂行していく過程での成長も読みどころ。

デローネイの謎の目的が、テールダンジュの権力闘争と関係があり、フェードルたちの働きによって次第になにが起きているのかが判明していく展開もスリリングです。

まだわかく好奇心がいっぱいで向こう見ずなところのあるフェードルと、聡明で穏やかで素朴なアルクィン。表向きの身分からは考えられないほどにテールダンジュの有力者に顔の利く、本名を明かさないかつての詩人デローネイ。

フェードルの幼なじみのツィンガン、ヒアシンス、フェードルたちの師となるセシリー、デローネイの知り合いで権謀術数を好むアングィセットのメリサンドなど、登場人物は多士済々。

あまりにも固有名詞が多く、人物の出入りも激しく、さらに名前が長いためにいろいろとまどうこともあるけれど、重要な人は何度も出てくるので覚えなくても大丈夫(と思う)。

わたしが好きなのはデローネイの部下でフェードルたちの護衛のギイです。
寡黙で強い、過去ある美男です……テールダンジュは美形の国なのでとくにそう書かれてないけどたぶんそう。いや美男でなくてもいいんですが、これから読む方のためにひそかに宣伝w

それと、性的に奔放な人びとばかり見た後で出てきた朴念仁で堅物の、キャシリーヌ修道騎士のジョスランは、登場するたびに笑えて楽しいです。犬みたいですw

とても濃密な物語で読むのに少々時間がかかりましたが、中盤以降は一気読み。
これでこの話はまだあと二巻もあって、さらに第二部も第三部もあるんだーと思うと、まだまだこの世界を楽しめるんだと思えて嬉しいです。


クシエルの矢〈2〉蜘蛛たちの宮廷 (ハヤカワ文庫FT)
ジャクリーン ケアリー Jacqueline Carey
4150205019

Comment

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)