『クシエルの矢 2 蜘蛛たちの宮廷』

クシエルの矢〈2〉蜘蛛たちの宮廷 (ハヤカワ文庫FT)
ジャクリーン ケアリー Jacqueline Carey
4150205019


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読了。

中世西洋風異世界を舞台に、天使の末裔の国家で神娼として奉仕しながら諜報活動をする娘フェードルの波瀾万丈な運命を描く、宮廷・国家陰謀劇。シリーズ第一部の二巻。

すんごく面白かった!
はやくつづきを読みたい!

内容について書くとネタバレになるのでこれで終わろうかと思ってしまうほど、劇的に変化していくフェードルたちの境遇に翻弄されていく一冊です。

舞台もどんどん変わるし、登場人物もどんどん入れかわっていく。
フェードルたちの立場も激変。いのちの危険に何度も晒されることになります。

ああ、これ以上書くとネタバレ……(汗。

読みながら考えたのは、誓いについてです。

テールダンジュの人びとは、まだ若い時分に、みずからの人生を懸けてなすことをそれぞれの分野を司る天使に対し誓願します。
フェードルは神娼としての奉仕をナーマーに、ジョスランは守護奉仕を(スミマセン誰だか忘れました)誓っています。

それから彼女たちは人生を奉仕のために捧げていきます。
何の疑問も持たずに奉仕をしていればよかった時、それはたんなる人生の目的・目標だったのでしょう。

しかし、その奉仕を遂行することが困難な状況になったり、自分が苦痛を感じるような局面に立たされた時、誓いは呪いや枷のようにかれらを縛るものにもなるのだと、気づかされます。

誓いを破ってしまったことに人生が台無しになったと絶望を感じ、命を絶ちたいと思いつめる姿や、それでも歯を食いしばって奉仕をつづけようとする姿を読んでいて、かれらの誓いはかれらの存在意義であり、人生の拠り所なのだと、わたしが気づかされました。

かれらが天使とかわした誓約は、命を懸けての真摯なもの。
自分の存在を肯定するための、もっとも根本的な……うーんなんというのかなあ、自分がここにいると、自分は生きている、生きていていいのだと確認する手段なのかもしれないなあと思ったのでした。

もしかすると、一神教というのがそういう構造を持ったものなのかもしれない。
一神教は、神と自分との契約で成り立つ宗教ですが、その契約と訳されている部分は現代で使われているドライなニュアンスの言葉ではなく、もっと身を投げ出して希うような言葉なのかもしれないと思わされました。

そんな誓願を捧げられる神は、見返りは期待されていないのかも。
絶対に滅びることなく、ただ見守りつづけることで、人間ひとりひとりの存在を確認させてくれればそれだけでいいような、そんな存在なのかも。

それで、この話の神様はエルーア様を見守ることを怠ったために天使たちに背かれたのか。なるほど、と。

日本人が神に祈るのは現世の利益を期待しての願い事が多いような気がしますが、一神教の信者の礼拝は根本的に違うんだなと、なんとなく腑に落ちたのでした。

閑話休題。
舞台は激動の展開のすえにようやくテールダンジュに戻ってきました。
フェードルたちは陰謀を阻止できるのか、テールダンジュの未来はどうなるのか。

つづき、はやくつづきが読みたいですー!!!

クシエルの矢〈3〉森と狼の凍土 (ハヤカワ文庫FT)
ジャクリーン ケアリー Jacqueline Carey
4150205035

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