『アレクサンドロス変相 古代から中世イスラームへ』

アレクサンドロス変相 ―古代から中世イスラームへ―
山中 由里子
4815806098


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読了。

古代マケドニア王のアレクサンドロスの像が、どこからどのようにつたわり、理解され、伝播していったかを古代から中世のイスラーム圏において検証する。

ひさしぶりに読んだ学術本。イスラーム関係をかじったことのあるわたしでも苦労したので、初心者にはおすすめしません。が、歴史がどのように形づくられていくかを実感するには、とてもよい文献であったと思います。

真実の歴史なんて、ほんと、誰にもわからないことだよなあとしみじみ感じました。
たとえ、その事柄をじっさいに体験したひとだって、すべての事象を把握して客観的な真実を理解することなどできない。

まして、後世のものが自分の知らない物事を知ろうとするなら、それはすでに語り記した人個人の視点という枷がはめられたものでしかないわけで。

しかも、そもそも記された歴史は初めから意図を持って書かれたもののほうが多いのですよね。

さらに、このアレクサンドロスのイスラーム圏における伝承がまったくの偽情報から発しているということに、ちとあたまを抱えたくなりました。

関係ない事物に有名人物の名を関連付けちゃう伝承って、いまでいうならゴシップ誌とかワイドショーとか都市伝説のようなものかなあ;

アレクサンドロスの蹂躙を受けたゾロアスター教徒のアンチキャンペーンにも、イスラームの拡大期をアレクサンドロスの大征服に重ね合わせてみせる改宗者のアレクサンドロス一神教預言者説にも、なるほどねえと思った。

アラブ人とペルシャ人の歴史認識というか表現方法の差みたいなものとかも面白かったです。
事柄を端的に並べるアラブ人と、一遍の物語に仕上げなければ気が済まないペルシャ人。
リアリストとロマンティストみたいな感じなのかな、とか。

そしていま現在わたしたちが歴史と称しているものの、どこまでが本当でどこまでが他人の意図した歪みなのかなと考えてしまって、ちょっと悩んでしまいました。

でも悩んでみても仕方がない。
見る人の分だけ視点はあって、それぞれが体験した事実もそれぞれにあるのだから。
そのなかから、より多くの人の視点を共有したものを、歴史と認めていくしかないのだろうなあ。

そうして、時代とともに認識が変わるから、あとになって読み替えることも可能になるというわけですね。

ひさしぶりにたくさん頭を働かせて読んだ一冊でした。

以下に目次を記しておきます。


序章 歴史と虚構の狭間のアレクサンドロス

 I アレクサンドロスに関する知識の源泉――古代世界からイスラーム世界へ――
第1章 偽カッリステネスのアレクサンドロス物語
  1 物語の生成
  2 東方への伝播
  3 物語の内容
第2章 ギリシア・ローマ古典史料におけるアリストテレスとアレクサンドロス
  1 天才と天才の出会い
  2 アリストテレスに宛てたインドの不可思議についての書簡
  3 アレクサンドロスへの忠言の手紙
第3章 イスラーム以前のイランにおけるアレクサンドロス
  1 ペルセポリス焼尽
  2 大王の記憶
  3 ササン朝ゾロアスター教文献におけるアレクサンドロス

 II 預言者アレクサンドロス
第1章 「二本角のアレクサンドロス」
  1 『クルアーン』第一八章「洞窟」八二―九七節
  2 「二本角」の正体
  3 アレクサンドロスにまつわるシリア語キリスト教伝説
  4 一神教とアレクサンドロス
第2章 イスラーム世界におけるアレクサンドロスの神聖化
  1 タバリーの『タフスィール』
  2 預言者伝集
  3 ディーナワリーの『長史』
  4 ニザーミーのアレクサンドロス物語

 III 哲人王アレクサンドロス
第1章 「君主の鏡」文学におけるアレクサンドロス
  1 「君主の鏡」とは
  2 アダブ文学と先行文明の影響
  3 サーリム・アブ・ル=アラーの「アレクサンドロスに宛てたアリストテレスの書簡集」
  4 『秘中の秘』
第2章 アダブからヒクマヘ
  1 アリストテレスの忠言
  2 アレクサンドロスの金言
  3 「インドの裸行者」との問答
  4 アレクサンドロスの最期

 IV 歴史叙述の中のアレクサンドロス
第1章 初期のアラブ歴史学――ハディースの時代
  1 歴史としてのイスラーイーリーヤート――ワフブ・ブン・ムナッヒブ
  2 スィーラの歴史観――イブン・イスハーク
  3 イブン・ヒシャームの『王冠の書』
  4 征服史とアレクサンドロス――イブン・アブド・アル=ハカム
第2章 非アラブの貢献――ペルシア、ビザンツの遺産
  1 『列王伝』の翻訳――イブン・アル=ムカッファア
  2 ビザンツ、キリスト教史学の影響
第3章 万国史の登場――ハディースからの解放
  1 事典的歴史――イブン・ハビーブとイブン・クタイバ
  2 物語的歴史――ディナワリー
  3 博識と原点批評――ヤァクービー
  4 ハディースへのこだわり――タバリー
  5 時代の知の集成――マスウーディー
第4章 権力の地方分散と歴史――東方イスラーム世界を中心に
  1 ブワイフ朝下の歴史家
  2 サーマーン朝下における近世ペルシア語の台頭
  3 ガズナ朝スルタンたちの「アレクサンドロス模倣」
  4 セルジューク朝期の歴史書
  5 歴史の指標としてのアレクサンドロス

終章 超越と限界を体現する男

あとがき

註 巻末
原典資料 巻末
参考文献 巻末
付録「偽カッリステネスのアレクサンドロス物語」諸系統 巻末
図版出典一覧 巻末
索引 巻末


Comment

No title

今年もよろしくお願いします~。
難しい学術書なのに、
>事柄を端的に並べるアラブ人と、一遍の物語に仕上げなければ気が済まないペルシャ人。
ってところがウケました。すみません。。。

今日NHKのMAGネットを見てたら、萌えは江戸時代やもっと昔からあったという話が出ておりまして、上記に付け加えるなら「とにかく萌えにしなきゃ気が済まない日本人」だなと。
実際アレクサンドロスもキャラ立てて萌え対象にしている方々がいらっしゃるかと…(;´д`)
まじめな話なのにすみません。。。

こちらこそ、今年もよろしくお願いしまーす。

> >事柄を端的に並べるアラブ人と、一遍の物語に仕上げなければ気が済まないペルシャ人。
> ってところがウケました。すみません。。。

ウケる文章が書けて嬉しいです。
あと付け加えて、情報そのものよりその出所の信頼性が気になるアラブ人なのかも。
イスナードでしたっけ、誰が誰から聞いたものを誰それが聞いて、ていうのを延々と伝えてるのwww

日本人はたしかに萌えですね。
この本にもアレクサンドロスの萌え情報が各種取りそろえてありましたよ。
それを物語にする(政治的・宗教的意図はあれど)ペルシャ人のほうが、箇条書きみたいなアラブ人より日本人に近いのかもーと思いましたwww

No title

>アレクサンドロスの萌え情報が各種取りそろえてありましたよ。
うおお、俄然興味が湧きますなw

学術書なんて滅多に読みませんけど、資料として読んでて
それが好みな妄想に繋がってくると、読み込みが違ってきますよね~。

イラン人は自分の娘に「おしん」と名前付けちゃうほど
「おしん」が大好きだったりするので、メンタリティーに似たものはあると思います。
あと絵物語好きというのも共通してますね。
イスラームは人物絵がダメなのに、なし崩し的に描いちゃってるし。
こだわるところが違うのはやはり脳の働きも違うのでしょうか。
言語的に反応が違うとか。。。ちょっと面白そうです。

> >アレクサンドロスの萌え情報が各種取りそろえてありましたよ。
> うおお、俄然興味が湧きますなw

それが史実にはない情報なんですよ。
アリストテレスとの師弟関係とか。じつはペルシャ王の息子だったとか。
だから昔の人も勝手に萌えてたのかなあ、とw

> イラン人は自分の娘に「おしん」と名前付けちゃうほど
> 「おしん」が大好きだったりするので、メンタリティーに似たものはあると思います。
> あと絵物語好きというのも共通してますね。

イラン人は農耕民だからかな、と思います。ロマン好きなの。
アラブ人は放牧民で商人だから、情報の確かさの方にシビアなんじゃないかな。
文章を書くのもあまり好きじゃないような印象を受けました。
行政はイラン人に丸投げですしねえwww

> イスラームは人物絵がダメなのに、なし崩し的に描いちゃってるし。

そうそう、イランのミニアチュール多いですよね。
あと、アリーに心酔しちゃうあたりも、義経に思い入れる日本人に似ているような気がw

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