『カマラとアマラの丘』

カマラとアマラの丘
初野 晴
4062175274


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読了。

月の光のもと、廃止された遊園地でふしぎな青年と出会ったものたちの物語。
幻想的な連作短編ミステリ。


カマラとアマラの丘 ——ゴールデンレトリーバー——
ブクウスとツォノクワの丘 ——ビッグフット——
シレネッタの丘 ——天才インコ——
ヴァルキューリの丘 ——黒い未亡人とクマネズミ——
星々の審判



暗闇にふりそそぐ月光に照らし出される花の園と、うち捨てられて朽ちていく遊園地のうらびしさ。

そこを目指してようやくたどりついたもの、あるいは偶然たどり着いたもの、あるいは人を追いかけて入り込んでしまったものが出会う、不思議な青年の冷静で穏やかで容赦のない存在感。

青年との会話によってさらけだされていく、出来事と感情の変遷の生々しさにたじろぎつつ、結末まで導いていくその展開の鮮やかさに息を呑み。

そしてラストのなんともいいようのないやるせなさに、かすかなぬくもりがしみいるような、独特のあじわいにひたりました。

歴史的に西洋文化では、動物には魂がなく、感情も痛みも感じないとされていたそうです。
それって、キリスト教でいう、異教の魔物には魂がないというのと、おなじなのかなと思いました。

動物はだから人間が物として扱ってもよいものとして認識されてきたということらしいです。

人間と動物を隔てるものは、隔てている根拠は、どこにあるのか。

言葉にある、と考えたものたちは、もしかしたら。動物のみならず、自分たちの言葉を解さない人間も、魂がないものとして扱ってきたのかもしれないなー。

しかし、その前提が、現代において大きく揺らいでいる、というのがこの本の大きなテーマなのかなと思いました。

ペットとして改良されつづけた結果、生物として不自然な存在になってしまった犬。
人間の治療のために遺伝子を改変される実験動物。
人語を解する鳥。

いささか誇張しすぎかなと思うところはあるけれど、それはテーマを明確にするための拡大解釈として、SF的にはありだとおもいました。

なによりも、この物語にはとても力強い語りの力があります。
そして、とてもさびしいのにかすかだけれどたしかに救いと受けとれるものを感じさせてくれる、なにかがあります。

それはこの話が、あの世とこの世のはざまで語られることと無縁ではないと思います。

夜の廃遊園地で、墓守と名乗る青年と。
月影のうつす花に彩られた、魂たちの物語でした。

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