『黒猫の遊歩あるいは美学講義』

黒猫の遊歩あるいは美学講義
森 晶麿
4152092483


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読了。

気鋭の若き美学者、通称黒猫と、その付き人を仰せつかる学者の卵わたしとが会話により日常の謎を読み解く、短編連作ミステリ。

第一回アガサ・クリスティー賞受賞作。


第一話 月まで
第二話 壁と模倣
第三話 水のレトリック
第四話 秘すれば花
第五話 頭蓋骨のなかで
第六話 月と王様

第一回アガサ・クリスティー賞選評



面白かったです。

美しくなければ推理など意味はない(うろ覚えですたしかこんなかんじ)と言いきる若き大学教授・黒猫と、その付き人でいまは博士課程の学生わたしとの会話で話が進む、日常の謎系ミステリ。

謎と謎解きのためにつくりあげられた世界とストーリーなので、リアリティーを求めると当てが外れますが、黒猫が散歩するように自由自在に展開する美学による解釈と論説がかなり面白くて、物事はこんなふうに読み解くことも出来るんだなあ、なるほどーとひたすら感心してしまいました。

ひとことでいうなら、頭いいなあ。

一般人代表として、雑魚を強調してあらわれる語り手「わたし」ですら大学の博士課程に在学する学者の卵なので、黒猫との会話は庶民のレベルからいうと浮世離れしている感ありありなのですが、それでいて、ミステリの謎解きとしては納得できるというか、すくなくともわたしは納得しました。

現実的なことを言うなら、事件そのものがとっぴなものもあるし、ほとんどが実況検分だのの、聞き込みだのの現実に即した捜査などはせず、あくまでも机上の空論ではあります。

しかし、実際、事実を突き止めることはそれほど大切なことだろうか、とも最近のわたしは思ってたりするわけです。

事実を知るのも大変労力のいることですが、しかし事実を知っても納得できなければ、それは当事者にとっての解決にはならないのではないか。

必要なのは納得できることで、それはべつに厳密に事実に即していなくてもいいのかもしれない。

そして、辻褄の合った解釈、できれば美しい解釈は、納得するためには重要なのかもしれないと。

黒猫の学術的なきらめきをおびた言葉による解釈を、「わたし」とともに受けとめることが、このミステリの楽しみ方なんだと思いました。

ところで、「わたし」がエドガー・アラン・ポオを専攻しているため、話はどれもポオの作品を背景に進みます。

それぞれの冒頭に下敷きとなった作品の解説が付されているのですが、これを読むとやはり作品そのものを読みたくなってしまいます。

なので、解説を読むたびに作品を探して予習をする、ということをやっていたため、一冊読み切るのにずいぶん時間をかけてしまいました。

手に入らなかったものは予習なしで読んでますし、それでもちゃんと楽しめたので、べつにそんなことはしなくてもいいのですけど、まあ、自己満足です。

単行本を読みましたが、文庫版が出た模様です。
黒猫の遊歩あるいは美学講義 (ハヤカワ文庫JA)
森 晶麿
4150311285


シリーズの続きはこちら。
黒猫の接吻あるいは最終講義
森 晶麿 丹地 陽子
4152092971

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