『剣の名誉』

剣の名誉 (ハヤカワ文庫 FT カ 2-6)
エレン・カシュナー 井辻朱美
4150204748

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読了。

近世ヨーロッパ風異世界ファンタジー。
トレモンテーヌ公爵家をめぐる年代記……のような三部作の完結編。


うわー、これは私にとっては三部作の中では一番面白かったです。

『王と最後の魔術師』よりは『剣の輪舞』に近い話ですが、それはたぶん登場人物が年を経て再び登場するからだけでなく、幻想度においてもそういえる。

しかしなにより、ヒロインのキャザリン、『王と最後の魔術師』ではプライド高く人を寄せつけない女公爵として登場する彼女がまだ少女で、狂公爵と呼ばれるようになった伯父のアレクに剣術修行をさせられる話だ、というところが私には大きかった。つまり、感情移入がしやすいという点で。

祖母からトレモンテーヌ公爵位を継がされたアレクは、人の常識を省みない変人として世の中に認知されるに至ってます。
浪費家で両刀遣いの漁色家で、数学好き。貴族界の重要な席を占めながらも政治には無関心。
名コンビだった剣客のセント・ヴァイヤーは行方不明で死亡説も囁かれてます。

キャザリンはアレクの妹の娘なのですが、アレクは結婚した妹にさんざん冷たく当たり散らしたため、たいそうな貧乏暮らしをしています。

父親が亡くなり、さらに窮乏生活を迫られるかと恐れていたある日、狂公爵からの報せが届きます。

曰く、すべての借金を帳消しにしてやるから姪を預けるように。

キャザリンは人買いに買われるがごとくの心境でトレモンテーヌ公爵家を訪れるのでした。
彼女は内心では貴族の娘らしい教育をしてもらえるものと少しは期待していたのです。

しかし、キャザリンを待っていたのは豪華なドレスではなく男物の服。社交生活ではなく剣術の師匠。

こんなことを世間に知られたら普通にお嫁に行けなくなる!

とびびったものの、一家の生殺与奪権を握られている伯父に逆らえるわけもなく。

仕方なく剣術の稽古に励むキャザリンは、それから狂公爵の人となりと彼女を取りまく環境にしだいになじんでゆくつれ、自分でも思いも寄らなかった人生へと足を踏み出してゆくのでした。

というようなお話。

メインの話はキャザリンの成長と活躍。これが剣客小説やお芝居に魅せられた少女の妄想が現実として展開するようなとんでもないものなのですが、女性の意識や地位などのジェンダー関係にふれていくような部分もあり、興味深い。

そもそもアレクがキャザリンに剣を持たせた意図が、ひねくれきったシスコンにあるにせよ、女性の生き方に対する抗議であることは間違いないと思われるのです。

キャザリンの考えや周囲への視点が変化してゆく様が、ちょっとした冒険の中にいきいきと描かれていてそれだけでも楽しいのですが。

美形の悪人アレクおじさまの天の邪鬼かつおしゃべりなのにあいまいな言動ふるまいは、妖しい魅力たっぷりだし。
対照的にひっそりと隠遁生活を送るセント・ヴァイヤーの日常にはみずからを律する意志をつつむ静けさと哀しさがまたなんともいえずステキだし。

キャザリンとアレクの従者マーカスの共犯関係のような友情とその変化もまたまたおもしろい。

田舎ものの女の子が都会に出てきていろいろと危ないことや悪いこともして大人になっていく、もしくは大人の男性に見いだされて自分でも思いも寄らなかった自分に変身していく、という基本的にはオーソドックスな成長物語が、豪華絢爛に、美しく、こまやかにしあげられていて、たいそうゴージャスな読み心地でした。

登場人物の職業も、貴族からスリ、男娼、女脚本家から剣客や女優まで、バラエティー豊か。
リヴァーサイドと丘を行き来する話は社会の上層から下層までに目配りがきいていて、前作は歴史の深みを感じましたが、今作は社会の広がりを感じました。

読み終えたあと、三部作を読み返したくなりました。
とくに『剣の輪舞 増補版』収録の「死に神という名ではなかった剣客」は必読です。

アレクとセント・ヴァイヤー、若き日の物語。
剣の輪舞 増補版 (ハヤカワ文庫 FT カ 2-3) (ハヤカワ文庫 FT カ 2-3)
エレン・カシュナー 井辻 朱美
4150204659


キャザリンのその後、アレクの遺児たちが出てくる物語。
王と最後の魔術師 上 (ハヤカワ文庫 FT カ 2-4) (ハヤカワ文庫 FT カ 2-4)
井辻 朱美
4150204705

王と最後の魔術師 下 (ハヤカワ文庫 FT カ 2-5) (ハヤカワ文庫 FT カ 2-5)
井辻 朱美
4150204713

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